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窓から射し込む陽の強さに、夏の訪れを感じる午後。母カオルは、大好きな森の香りが漂う自分の部屋で何やら考え事をしている。木の廃材を集めて張ったフローリング、やわらかなオフホワイトの壁。観葉植物に囲まれた一角には、ゆったりとした床置きのソファと小さな切り株のようなデスク。地域の緑を保護するNPOで働くカオルは、視察で現地へ赴く以外、ほとんどこの居心地いいホームオフィスを仕事場にしている。
部屋の西側の壁は、ほぼ全体がディスプレイ。と言っても、従来のモニターやスクリーンとは違い、一見ただの壁面のよう。そこにカオルの好きな森の映像が映し出されている。
「さあ、仕事仕事。デザイナーのナツミさんにつないで」森の中を舞うアゲハ蝶の形をしたエージェントに話しかけ、待つこと数秒。「こんにちは! かなりいい案ができたわよ」と上機嫌のナツミが、ディスプレイの中でマグカップ片手にほほ笑む。彼女は、自分の家をアトリエにしているフリーランスのグラフィックデザイナー。そばには、クマのぬいぐるみを抱えたヨチヨチ歩きの女の子。「ずいぶん歩けるようになったのねえ」カオルの声に気付いて、ナツミの子どもがキャッキャとはしゃぐ。
「さて。それじゃ、ハルニレの森を守るPRキャンペーンのビジュアルをプリゼンします。まずこれがA案で、たくましく、そして美しく生きるハルニレの生命力を象徴的に表現したもの。B案は、青々とした森のやすらぎや懐かしい気分を伝えています。そして、C案は……」次々とデザイン案を見せてくれるナツミ。ディスプレイを見ながら、「何とか今日中に決定しないと間に合わない」と、カオルは自分に言い聞かせる。勤務しているNPOで目下、一番チカラを入れているのが、ハルニレの森を守るPRキャンペーン。10日後にはスタートの予定になっている。
「ありがとう、ナツミさん。どれも魅力的なので迷うけど、今回はB案でいきましょう。今までのアイデアが集約されているから。でね、タイトルの書体なんだけど、もう少しやわらかくしたいの」全身を包み込むようなソファからちょっと身を起こし、切り株風デスクに置かれたスケッチブックとペンを手元に引き寄せる。実はこのスケッチブック、カオルのお気に入りの端末なのだ。紙のスケッチブックに描くように自在にペンや指で入力できる。もちろん、音声でも。