ホーム > 佐々木かをり対談 win-win > 第95回 進藤 晶弘さん

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株式会社メガチップス会長 、株式会社メガフュージョン取締役兼代表執行役社長
進藤 晶弘さん
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任天堂の成功の一つの要因をつくりました
- 進藤
実はね、私は38歳の時、16年勤務した三菱電機からリコーへ移ったんですよ。そこで、半導体事業部を、本当にほぼ1人に近い状態から立ち上げたんですね。10年の間に1,000人くらいの従業員を育てたんです。その間、資金調達以外の仕事はすべてやった。
もう技術者の採用から、工場を作ることから、研究することから、企画するようなことまですべてです。要は、半導体事業をリコーはスタートしたのですが、専門家は1人もいなかったのですね。たまたま私が三菱を辞めて、その会社に転職したので、すべてを任されたのです。
そういうなかで、印象に残る仕事は、任天堂のファミコンなんです。注文をとらないと事業部はつぶれるんで、まあ必死の思いで取ったんですね。
任天堂も私も、そんなに爆発的に当たるとは思っていなかったんですが、実は、自分の持っている知識とか技術、全部そこへ注入し、画期的なICを2個作った。それが実は、任天堂ファミコン大盛況の1つの要因になりました。
- 佐々木
それは、どんなものなんですか。
- 進藤
そのICというのは何かと言いますと、アーケードゲームがありますね、あれの蓋を開けますと、200個くらいのICの部品が基盤に乗っているのです。あの装置は200万円くらいするんですけれど、ところが、任天堂は子どものゲーム機ですから、価格は2万くらい、簡単に言いますと、100分の1のコストで実現したいと(笑)。
- 佐々木
喫茶店などにあったインベーダーゲームのようなものを、小さく、ということですね。
- 進藤
そう、100分の1にコストダウンしないといけない。そこで、私は、この200個のICを、できたら1個におさめられる方法がないかと考えたのです。
- 佐々木
すごい挑戦ですね。
- 進藤
それが実は、現在で言うシステムLSI(大規模集積回路)だったのです。当時の半導体メーカーは、みんなDRAMなどのいろいろな機器に使える標準ICを作って機器メーカーに提供し、機器メーカーはそれを組み合わせてシステムを作っていたのですが、もともと生き残りがかかっていましたので、注文をとりたい一心から浮かんだアイデアをぶつけてみたのです。
お客さんが「2万円くらいで作りたい」というのですから、もう、どう考えても、これ1個か2個におさめるしかない。そこで知恵を絞りました。知恵というものは苦境に立たないと浮かばないものですね。それが画期的なICになって、思いがけない大成功をしまして。
- 佐々木
進藤さんの知恵が任天堂の「スーパーマリオブラザーズ」とか「ドラゴンクエスト」などのヒット作品の誕生に貢献した、ということなのですね。すごいことです。
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