権力をめぐる勘違い
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2004年1月17日
イラクに向けて陸上自衛隊の先遣隊が16日に出発しました。その自衛隊をめぐって情報の「管理」がゴタゴタしています。まずは防衛庁が幹部の定例記者会見を減らすと発表して報道陣から猛反発を食っていること。さらにはイラク現地での取材について、首相官邸が報道各社に対して「自粛」を求めたことの二つです。
定例記者会見を減らすことは、防衛庁サイドの意向ではなく、「情報漏れ」に業を煮やした首相官邸とくに福田官房長官の意向であるとされて、問題はさらに複雑化しています。たしかに自衛隊の安全に関わる情報が流れては困るというのは理解できます。しかし部隊の移動の情報が漏れるというのは、漏らす側に意識が足りないからであって、定例会見をやるかやらないかの問題ではありません。
情報公開の原則、情報統制の理由
ここでいちばん大きな問題は、言ってはいけないことをしゃべる人がいるからといって、定例会見という制度そのものを取りやめるという発想です。本来、政府は情報をできるだけ公開するのが原則です。国民に付託されて権力を行使している者の当然の義務だからです。もちろん、個人の名誉あるいはプライバシーに関わる情報は公開してはなりません。それに国家の安全に関わる情報も制限すべきでしょうが、何が国家の安全に関わることなのかは、十分に吟味されなければならないのです。
そういう観点からすると、防衛庁の対応はいかにも原則に反したやり方というほかありません。福田官房長官はこの件に関して「記者会見に適した人かどうかという問題もある」とか言ってましたが、これは人の問題を制度の問題とすり替えた議論というべきであって、会見できるようにすべきなのです。
すりかえられる報道規制
よくわからないのは、イラクでの現地取材自粛という話です。イラクでの現地取材に関しては、自衛隊が危険な地域に派遣されるとあって、報道各社は現地での取材に力を入れる予定でした。自衛隊もそれに応じて、記者やカメラマンの訓練をしたものです。ところがそこに首相官邸から横やりが入ったのです。
好意的に解釈すれば、報道陣に万が一のことがあった場合、その責任を自衛隊にもってこられても困るというのが理由だったのかもしれません。しかしもしそうであれば、それははっきりと自己責任であることを報道陣に確認すれば済む話でしょう。現地取材を「自粛」する筋合いのものではありません。
もう一つの解釈は、現地で自衛隊が何をやったか、詳細に目撃、報道されては困るということかもしれません。イラクでは、それこそ武力を行使する場面がないとは言い切れないからです。自衛隊が火器を使用すれば、「過剰防衛」かどうかということが大議論になるからです。現地で取材されると政府発表とは食い違う場面も当然考えられます。もしそれが理由なら、これも最初の問題と同じく、権力を行使している側の思い上がりです。
権力の源泉はどこに?
自民党は長らく政権の座にあるために、自分たちが権力を「持っている」と勘違いしていると思います。自民党が多数派であるということは、国民から権力を付託されているということで、彼らが「持っている」わけではないのです。だから権力の行使、もっとはっきり言えば税金を使うことについては、不足なく説明しなければならないのです。それが説明責任です。明らかにすることはできないものがあるならば、明らかにできない理由を明示すべきなのです。
官僚は当然、すべてを明らかにすることなどしたくないのです。彼らにとってそれが権力の源泉だからです。だからこそ、国民の付託を受けた政治家が情報公開を率先しなければならないと思います。福田さんは、そのあたりを勘違いしてませんか。小泉さんという首相は、そのあたりの国民の気持ちをくみ取るのが上手な政治家だったはずで、その女房役である官房長官がこのようなありさまでは、小泉政権の将来は危うくなってしまうかもしれません。