「超高級病院」は否か?
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2003年3月1日
「現状をとにかく変えなければならない」という共通認識はあるものの、自分たちの既得権益が実際に侵されるとなると、とたんに「抵抗勢力」に変身するのが今の日本です。規制緩和の目玉である特区について、既存圧力団体の抵抗が強いのを目にされていると思います。
特区創設のなかでも注目されていたのが病院事業へ株式会社が参入するということでした。首相官邸は積極的に推進する意向を表明していましたが、厚生労働省やら日本医師会やらの抵抗で、実現がむずかしいと思われていました。それを保険外診療に限って認めるということで押しきったのです。
保険外診療と患者の選別
保険外でも、金持ち優遇だとか病院による患者の選別だとか、いろいろな批判があるでしょう。しかし金持ち向けの超高級病院があってはいけないのでしょうか? 一泊50万円の差額ベッドがあっても、それに入りたいという人がいれば別に問題はないでしょう。すべての国民が保険によって医療を受けられることと、一部の金持ちが「ぜいたく」な闘病生活を送ることは、関係ないと思うのです。
有能な医師がすべてそういった超高級病院に流れてしまえば問題でしょうが、果たしてそうなるのでしょうか。それはむしろ医師の教育の問題だと思うのです。医療というものが人の命を救うことであれば、「医は仁術」という言葉がすたれるとは思いません。それに現在の保険診療の中でも、実態として金持ち優遇はあるし、また医師の側でも「医は算術」と思っている人はたくさんいます。それが健康保険の財政を苦しくしているという面もあるのです。
だとすれば、超高級病院に株式会社が参入して、今のような曖昧模糊(あいまいもこ)とした医療制度の中で、わけのわからない「差別」を受けるよりははっきりさせたほうがいいのではないかと思います。
選別されるのは「医者」
ただ問題は、患者の側が病院を選べないという実態です。以前にもこのコラムで書いたことがありますが、患者は病院の評判やら医師の評判は口コミで知る以外に手段がないということです。さらに実際に診断が正しいのか、自分が正しい治療を受けているのかも、ほとんど知りようがありません。患者がセカンド・オピニオンを得ることを勧める医者もいますが、露骨に嫌な顔をされたという話もよく聞きます。
大きなものから小さなものまで含めると、医療ミスの数は膨大なものに上ります。年間に何万件もの手術をやっているのだから、一回や二回はミスもあるという説明をした病院があるともいいます。しかし医者にとっては何万分の一であっても、患者にとってはたった一回の手術なのです。ミスがあり得るとしても、それは絶対に正当化はできないものでしょう。だとすれば、やはり患者が十分な情報を与えられて、病院を選べることが、今後の医療を考える上で極めて重要なことだと思われます。その十分な情報には医師の技量に関する情報も必要かもしれません。
つまり、病院が営利事業になることは、ある意味で病院同士の競争を促進することになるから、僕は歓迎したいと思いますが、それと表裏一体で患者が病院を選べるような仕組みが必要だと思います。もちろん保険診療をやるところ、保険外診療しかやらないところ、それはいろいろあっていいのでしょう。
日本の医療水準は高いのか?
日本の医療水準は高い、とわたしたちは思ってきましたが、実際には必ずしもそうではなさそうです。海外との競争にさらされない産業は、いつのまにか水準が下がってしまうのかもしれません。たとえば政治(これは産業と呼ぶのにふさわしいかどうかは疑問ですが)、タクシー、マスコミなどは競争にさらされないために、いつのまにかサービスの水準が低下している産業です。
日本の病院がそうならないためにも、株式会社の参入やら外国の企業が参入したりということが必要なのかもしれません。みなさんはどうお考えになりますか。