日本の医療制度の行く末
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2003年2月15日
日本の医療はどうなってしまうのでしょうか。サラリーマンの本人負担が3割になることが決まっていますが、医師会をはじめ、これには反対論が根強くあります。医師会の本音は、本人が3割負担になると患者が減って、それでなくても苦しくなっている病院経営がますます苦しくなるというところにあるようです。
日本の医療制度が向かう袋小路
たしかに、日本の医療は大きな局面を迎えています。現在の医療費は約30兆円に達しています。そしてこのままの医療制度ならば10年後には50兆円、さらに25年後には80兆円に達するそうです。この金額はピンときませんが、80兆円といえば日本の政府の年間予算よりも大きな金額です。この医療費をいったい誰が負担するのでしょうか。
もちろん現在の医療保険でまかなえるはずもありません。それでは国が払うのかということになると、消費税を25%に上げて、上げた分すべてを注ぎこんでやっとまかなえる金額だそうです。つまり、80兆円という医療費は、誰にも負担できない金額であるということです。かといって、医療の質を落とすとなると国民的には納得できないところでしょう。現在の医療も、至れり尽くせりというわけではないのですから、医療水準を下げても負担が少ないほうがいいという話にはならないと思います。
なぜこのようなことになってしまうのか。別にお医者さんがむちゃくちゃにもうけているわけではありません。歳を取れば病院に行く機会が増えるのは当然で、そういうお年寄りの数がこれから増えてくるのです。また医療の質が向上すれば、医療費がかさむのも当然です。今までなら助からないような患者でも、ある程度救えるようになるからです。それは医療の本質から言えば、望ましいことでもありますが、お金がかかる構造になるのも事実です。
医療制度の改革にはいろいろな案があります。本人負担分を引き上げる、診療報酬を切り下げる、薬価を切り下げるというあたりがこれまでの改革でした。患者、医者、そして製薬会社それぞれに負担を押し付けてきたわけです。それがすべて悪いということではありません。しかし、そうした対症療法ではどうにもならなくなるというのが、目に見えているのです。
腕の「いい」医者、「悪い」医者
悪いことに、今の制度では「腕の悪い医者ほど儲かる」という側面もあります。たとえば適切な診断ができず検査を何度も繰り返せば、それは病院の収入になります。手術をして適切な処置をできなかったために、もう一度手術をやり直したという話もたくさん聞きます。下手な歯医者が虫歯の治療をして、詰めたものがすぐダメになってまた治療すれば、その歯医者は同じ患者から、上手な医者の倍の収入を得ることになります。そうした治療費は医療保険から支払われるため、われわれにはあまり気になりませんが、そういう実態もあります。
そこで、病気によっては、治るまでの「標準治療費」を決めてしまおうという話もあります。たとえば胃潰瘍だったら何万円というように治療費を決め、それ以上は払わなくてもいいという制度です。腕のいい医者なら事実上受け取る金額は変わりませんが、腕の悪い医者は収入が激減するかもしれません。もちろんこういった制度には医師会も反対します。なぜなら、治療費が決まってしまうと、医者は一定程度以上の医療行為をやらなくなり、結果的に患者が不利益を被るという議論を展開します。
わたしたちが取り組む課題は?
患者(そしてその家族)が満足のいくような医療を受けられるようにするには、どうすればいいのか。そして患者は保険でまかなうならどこまでで我慢しなければならないのか(もちろん自費診療は自由です)。われわれはこの問題を真剣に議論しなければならないときかもしれません。昔はお医者さんは儲けすぎという批判もよく聞かれましたが、いまでは病院経営も決して楽ではないようです。医は仁術といっても、医者の専門知識に対して正当な金額を支払うのも当然のことです。患者が病院を選ぶ権利を主張するのも重要なことですし、病院がある意味で公正な競争をすることも必要でしょう。ありとあらゆる知恵を出しながら、いかに日本の医療の質を向上させるか。わたしたちはこの非常にむずかしい問題に取り組む必要があります。みなさんのアイデアを募集します。
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