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日本国際ボランティアセンター(JVC)南アフリカ現地代表
津山 直子さん
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南アフリカ「アパルトヘイト」ミニ知識
- 佐々木
と言いながら、南アフリカって言ってもピンと来ないとか、「アパルトヘイト?」っていう方もいらっしゃるかも知れないので、少し歴史も振り返りたいと思うんですね。マンデラ氏が投獄されたのは、1964年でしたね。
- 津山
そうですね。その前からも、彼は地下活動というか、警察に追われていましてね、だから、変装しながら、いろいろ活動を……。
- 佐々木
え? どういうふうに変装したんですか? いろんな鬘(かつら)を被ったりするわけではないですね(笑)?
- 津山
鬘を被っては(笑)……。運転手になったり。あと、サングラス。でも、背が高いから、すぐにばれちゃうんですね。なんとか変装しながら、一時は国の外にも出て、当時独立を始めていたアフリカの国々に支援を要請に回ったりもして。で、帰ってきたあとに逮捕されてしまったんです。
- 佐々木
逮捕される64年までの数年間、変装して活動されていたきには、アパルトヘイトの本当に厳しいときで、つまり、彼らができないことがいっぱいあったわけですよね? 移動の自由がなく、住んでいる所が決められていて、出ちゃいけない、と。
- 津山
そうですね。1948年にアパルトヘイトが憲法になって、それ以降いろいろな法律が次々と300以上作られました。今おっしゃった人種によって住む場所が違う集団居住法があり、他に教育についても、いろいろな施設についても、すべて人種によって違いました。
- 佐々木
わたしが取材したときも、電車の車両など「ホワイトオンリー」「ブラックオンリー」と肌の色で分けられていましたが、それが更に厳しかったわけですよね。その時代、既に彼は、黒人の権利を取り戻そうという地下活動の中でリーダー格だった?
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