「言葉」を取り戻そうとする政治家たち
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2003年10月4日
小泉さんが自民党の総裁に再選されて、政界をあっと驚かせたのが党役員人事でした。官房副長官だった安倍晋三さんを自民党幹事長に抜擢したのです。この人事を評して「選挙の顔」と言ったのは、うまくポイントをついた表現だと思います。何と言っても北朝鮮の拉致問題でタカ派ぶりを見せつけ、年齢的にも若く、前の幹事長の山崎拓さんよりはずっと清潔感があり、女性票も稼げるというわけです。
安倍晋三は人気取りか?
民主党は自由党と合同して総選挙を戦おうとしています。これに対して自民党は、改革派と守旧派の対立を抱えながら総選挙を戦うには、小泉人気に加えて何かが必要だったということでしょう。しかし選挙の顔というだけで、最大政党の幹事長を当選3回の議員に任せるものでしょうか。それにあの頑迷固陋(がんめいころう)な政党が、そんな「若輩者」に幹事長という総裁へのエリートコースをやらせるものでしょうか。
つまり安倍さんが好きか嫌いかは別にして、この人事はやはり小泉首相の力を反映したものだと思うのです。安倍さん自身が言うように、「自分を幹事長にするほど自民党は変わったのだ」ということでしょうか。
政治家の「言葉」
小泉政権の2年半を見ていると、一番感じるのは「政治家の言葉」です。かつて「言語明瞭意味不明瞭」と言われた総理大臣(竹下さんでしたでしょうか)もいたし、森さんのように口を開けばひんしゅくを買っていた総理もいました。小渕さんは庶民的ではあっても、考えていることが明らかにわかる話し方はしませんでした。
小泉さんは短い言葉を標語的に使うのが上手だけれども、中身がない、実行が伴わないと批判されています。それでも、世論調査では小泉さんの人気が圧倒的に高いのも事実です。それが小泉さんに「騙されている」からなのか、それとも「小泉さん以外に選択肢がないから消去法で選んだ」からなのか、その判断はいったん置いておきましょう。時間がたたないとわからないことも多いからです。でも、とにかく小泉さんの言葉が国民を引きつけた結果が支持率の高さだと言えるのでしょう。
だとすれば、要するに小泉さんといい、安倍さんといい、言葉の持つ力を知っている政治家ということになります。いつのころからか、自民党を中心に、政治家は言葉を失って永田町の町内会用語しか使わなくなってしまったような気がします。だからこそ国民は、「支持政党なし」などと答えるようになったのかもしれません。つまり、いわゆる「55年体制」というのは、自民党と社会党による「出来レース」ですから、そこでは結局言葉は必要がなかったということでしょう。そうなれば必然的に政治は「予定調和」の世界に入っていきます。変化が期待できない政治ほど、有権者にとってつまらないものはありません。
「予定調和」を打ち破る武器
その意味で、小泉さんは「言葉」しか武器がなかった政治家でした。自民党内の権力基盤はなかったからです。だから小泉さんにとって「予定調和」は存在しなかったのです。小泉さんが安倍さんを幹事長にしたのも、やはりその政治家としての武器を安倍さんが身につけていると考えたからでしょう。
民主党もマニフェストを打ち出して、政策論争というだけでなく、とにかく政治に言葉を持ちこもうとしています。これを国民がどう受けとめていくかが11月に行われるとみられる総選挙のひとつの焦点だと思います。そういう観点から僕は今度の総選挙を眺めてみたいと考えています。