「安全保障議論」始めませんか?
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2003年5月17日
有事3法案が衆議院を通過しました。昨年は強く反対していた民主党が、基本的人権に関する項目を入れて賛成に回り、賛成票が9割という圧倒的多数でした。「有事法制=軍国主義」という、いわばステレオタイプが打破されたのは喜ばしいことだと思います。
自衛隊と旧日本軍の違いは?
日本の自衛隊は法律に従って動いています。旧日本軍は法律に従わないで動いたことが何度かあります。5・15事件や2・26事件といったクーデター未遂事件をはじめ、満州における関東軍も現地部隊が勝手に動いて満州事変を起こしました。軍が政治的思惑をもって動くことを禁じるのは、近代国家では当たり前になっています。しかし韓国で軍事クーデターが起きたのはそんなに昔のことではありません。
ところが日本では、自衛隊そのものが長い間国民的に認知されない存在でした。今でこそ自衛隊は違憲であるという議論はあまり聞かれなくなりましたが、憲法問題はやはり今でも残っています。そういう存在であったからこそ、自衛隊が本来の任務である「国を守る」ということについて研究すると、軍国主義への回帰であるとして大問題になったものです。かつての「三矢研究」も、軍隊が仮想敵国に対する防衛戦争をシミュレーションするのは当たり前なのに、それを研究することが問題だとして旧社会党が国会で取り上げ、大騒ぎになりました。
防衛なんか必要ない?
だから有事法制は何十年もその必要性が唱えられていたのに、ずっとタブー扱いされてきました。そしてようやく日の目を見たわけです。こう書くと、読者のみなさんは僕がタカ派であると思われるかもしれません。しかし僕自身は、自分がタカ派であるとは考えていません。戦争を仕掛けられても防衛しないでいい、という考え方の人とは議論になりませんが、ほとんどの人は防衛は当然である、と考えているでしょう。実際、いろいろな集まりでこのテーマを話すと、防衛なんか必要ないという人はいません。
有事法制とは、有事の際に自衛隊がどう動くかを決めるものです。つまり、法律に従わずに動くことができるという状態になるのを避けるのが一番大きな目的だと思います。もちろんこの有事3法で十分だとは思いませんが、基本的なコンセプトはそこにあるのです。新聞などを読んでいると、自衛隊が陣地を築くのに個人の家をどこまで壊せるかというようなことが書いてありましたが、実際に攻撃を受けるかもしれない状態になったときに、「壊すな」ということにどれだけの意味があるのでしょうか。ただ自衛隊が好き勝手にやっていいというわけではなく、法律にのっとってやってくださいね、という話だと思います。
今こそ安全保障を考える時
中国などがこの有事法制について、きわめて抑制されたコメントを出したのは、「この法律=侵略」ではない、という理解だからであって、その意味では当然の反応でしょう。このようなことに過敏に反応する時代は終わっています。問題は、わたしたち日本人が自分の国の安全保障をどのように考えるかにかかっています。現在のような日米安全保障という枠組みで考えるのか、それとも東アジアの集団安全保障という新しい枠組みをつくるのか、それとも日本だけで単独の「ハリネズミ的安全保障」という政策をとるのか、いよいよ真剣に考えなければなりません。
これは日本が周辺諸国と友好的な関係にあるのか、その友好の度合いはどれぐらいなのか、将来的にどのような構図を描くのか、いろいろな問題がかかわってきます。いまや、どの国も経済的、政治的に相互に依存する度合いが強まっているとすれば、安全保障も一国単独ということはできないでしょう。要するに一国ではコストがかかりすぎるからです。かといって、すぐにみんなで仲良しクラブというわけにもいかないでしょう。そこをどう調整しながら、安全に繁栄を享受するかということを考えるためには、わたしたちが「大人の議論」をしなければいけないと思います。今回の有事法制が、こうした議論の第一歩となることを期待したいと思います。
関連リンク
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