不確実な時代の、ただ一つ「確実」なこと
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2002年11月16日
「不良債権処理の加速」を政府が打ち出して、ずいぶんと議論が沸騰しました。もしこれをやると、企業が倒産してデフレ圧力がさらに強まり、日本経済がますます不況の泥沼に沈むとか、不良債権処理はアメリカのハゲタカファンドが日本企業を買いたたくための手段だとか、いろいろな反対論が声高に叫ばれています。ただ一般的にいうと、やや誤解があるのではないかとも思います。ですからここで論点を少し整理してみたいと思います。
現在の日本経済は、いまだにバブルの後遺症を引きずっている状態です。つまりバブルのときに行き過ぎた投資(その中でもっとも大きいのは不動産投資ですが企業の設備投資も同様です)があり、それによって生じた供給力の過剰が問題なのです。供給されるものが多すぎると価格が下がる。これはわかりやすい話です。買いたい人が10人しかいないのに、売りたい人が20人いれば、値段を下げなければ売れません。これがデフレ圧力です。そして「下げる」競争についていけなくなった企業が、その市場から撤退します。ところが今の日本では、銀行がそうした企業を支えているためになかなか「劣った企業」が退場
してくれません。だからいつまでたっても需要と供給のギャップが埋まらないのです。ギャップがなくなれば、物の値段は上がります。
そうすると経済政策としては、需要を増やすのか、供給を減らすのか、それとも両方やるのか、ということになるのですが、景気が悪いときに需要を増やすといっても思うようにはいかないものです。みんなが身をすくめているときに金を使えといっても財布のひもはそうは緩めないでしょう。だから政府が財政支出でお金を使うことが必要になります。しかし日本はご承知のように、国内総生産の140%もの借金を抱えています。もうこれ以上お金を借りられないのではないか、というわけで国債発行枠30兆円を守るとか、補正予算を組むかどうかが問題にされたわけです
産業再生機構の役割
ともあれ消費や企業の設備投資は増えないし、国も使うお金がないとすれば、供給を減らすしかないのです。つまりは非効率な企業から退場してもらうということです。本来、それは市場の力が働く部分なのですが、日本の場合、そこに市場原理が働きにくい。だから、国が強制的に退場を勧告するというやり方です。
ただ、企業の倒産というとすべてがゼロになるというイメージがありますが、それは誤りです。すべてなくなる場合ももちろんあるのですが、会社を再建するというのが正しい考え方なのです。赤字企業といっても、黒字の部署はあるし、経営の仕方を変えれば何とかなるかもしれない。非効率的な企業から効率的な企業に生まれ変わる、それが正しい認識だと思います。現に、日産の例があるでしょう。
不良債権処理の加速策に伴って提出された産業再生機構というのはそれを行うための組織です。もちろんそういった組織で誰がどのように再建できる企業を判断するのかという問題はありますが、大筋ではそれで間違いないはずなのです。そして一つひとつの企業を再建していくことが日本の再生につながります。
国はあまり頼りになりそうにない
短期的にはもちろん失業者が増えたりするでしょう。それなりの痛みはあります。ただそういった時期を経なければならないのも事実です。全体のパイが大きくならないときに、このようなことをやらなければならないのは大変ですが、だからといって先延ばしすればそれだけ傷が深くなります。もうそれは日本がいやというほど経験してきたことでしょう。
それによく言われることですが、いまの日本のような状況は世界のどの国もこれまで経験したことのないものです。ですから処方箋といっても、実はどのエコノミストも自信はないのです。新聞、雑誌、テレビで、いろいろなエコノミストがそれぞれの持論を展開しますが、本当にそれで大丈夫かどうかは誰にもわからないし、口には出さないものの自分でも確信はない、というのが実際の姿だと思います。
だとすればわたしたちは、政府の経済政策を見ながら、自分の生活をどう守っていくのかを自分自身で考えるほうがいいのかもしれません。資産を外国に移すか、生活を外国に移すか、それともタンス預金でがんばるか。その選択はそれぞれの状況によるでしょうが、国はあまり頼りになりそうにない、これだけは「確か」なのかもしれません。