ワールドカップ以外のニュースはどこへ?
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2002年6月8日
アジアで開かれた初のワールドカップ、というだけあってすごい盛り上がりようですね。日本がベルギーと戦った日など、あちこちの会社で夕方になるとあっという間に社員がいなくなったといいます。あの日の午後は「今日はどこで試合を見るの」という言葉が飛び交っていました。その分、レストランやバーはどうしようもないくらいヒマだったそうです。
私自身も会社でテレビ観戦してから帰りました。「なぜあそこでディフェンスラインを上げたのか」とか「3点目のときのファウルはおかしい」とか、電車の中での素人談義にも花が咲きました。そして家に帰ると、またスポーツニュース。日本が得点したシーンを何度も見せられました。ワールドカップで日本が初の勝点をあげたわけで、日本全国が興奮しているようにさえ思えました。
でも、ちょっと変だなとも思います。確かに大イベントなのですから、報道する価値もあるとは思いますが、ニュース枠のほとんどをワールドカップにあてるのは、おかしくないでしょうか。国民生活に大きな影響を与える重要法案が国会で4本も審議されています。なかでも有事法制や個人情報保護法案は、問題点も多いし、審議の行方が注目されています。それらに割かれる時間がほんのわずかしかないということは、報道のあり方として「いかがなものか」と思うわけです。
昨年、イチローが大リーグに渡ったとき、このコラムで日本のメディアの報道ぶりに疑問を呈したことがあります。イチローの一挙手一投足が、ニュースのトップに流れることがたびたびありました。野手としては初めての日本人大リーガーだったし、その活躍ぶりは日本国民の「誇り」でもあったと思います。それでも「過剰報道」ではないか、という疑問はいつも残りました。
とりわけNHKは、民放と違って「視聴率競争」に血道をあげなくてもいいはずです。そうであれば、やはり国民にとっての重要なニュースからやってほしいものです。もちろんベルギー戦で初の勝点をあげたというニュースをトップで流してもいいのですが、それにまつわる詳しい話は後回しでもよかったのではないでしょうか。
「視聴者が望むものを届ける」というのが、テレビ関係者の口癖のようにも思います。しかしこれが時に危険な落とし穴になりうることも念頭に置いておかなければなりません。私も雑誌の編集者として、大事なニュースと関心の強いニュースとが一致しないことが多いのは重々承知しています。本の売れ行きを気にしなければならない立場で、往々にして何をトップにすべきか迷うこともたくさんあります。でもやはり報道に携わる者として重要なことは、大事なニュースは大事なものとして報道しなければならないという基本です。
そういった観点から考えると、どうもテレビの報道はバランスが悪すぎるように思います。ワールドカップもそうですが、たとえばイチロー、新庄情報も同じです。大リーグそのものではなく、この二人が「打った、打たない」だけを報道するような姿勢は、果たしていいのでしょうか。もちろんこれがスポーツニュースだけの話ならそれでいいのですが、国会の話や議員の疑惑や、役所の不祥事なども場合も、どれが重要でどれが重要ではないかという判断こそがメディアに問われているのです。
日本が決勝トーナメントに出場できるかどうか、私も気になるところではありますが、同時にいまだに「核戦争」の危機をはらんだインド・パキスタン紛争やイスラエル・パレスチナ紛争、それに国内の重要法案の行方も大いに気になります。そういった報道がワールドカップ報道の片隅に押しやられてしまうと、ひょっとすると重要な法案から国民の目をそらすためにワールドカップ報道ばかりやっているのではないか、と勘ぐりたくなってしまいます。