狂牛病に対して過剰反応していないか?
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2001年11月3日
狂牛病の発生で、牛肉関連のお店はどこも大変なようです。とりわけ韓国焼肉のお店はどこもガラガラ。店を閉めたり、焼き鳥屋に衣替えしたり、大きな影響が出ています。いくら危険な部位を食べなければ大丈夫と言われても、だいたい農水省を信用できないのだから、食べない人が多いのも無理はありません。
そうすると消費者の安全のために検査や規制を徹底しろという話になるのですが、ここに大きな誤解が潜んでいるように思えてなりません。われわれ人類は、すべての有害物質を知っているわけではないのです。たとえば病原菌ひとつ取ってみても、その構造や予防法がわかっているものはごく一部だと思います。その存在さえ知られていないものも多いのです。まして新しい化学物質をつくったとき、毒性検査などは当然やるとしても、長期的に体内に蓄積されないのか、蓄積されたときに障害はでるのかでないのか、これは試験も判断もむずかしいのです。物質にしても、人工的なものが悪くて、自然のものだったら安全、とは言えません。ただ自然のものは、人類の長い歴史の中で経験として積み重ねられているから、どれが毒なのかを知っているだけです。
しかも検査をするといっても、多くの場合は、わかっているものしか検査できないのです。つまり「未知」のものは検査してもわからない。ウイルスであれば、培養して形を見て、分析することができますがそれでもずいぶん時間がかかります。狂牛病の異常タンパク質であるプリオンにしても、実態はよくわかっていないのです。
お菓子の原料は本当に安全なのか、今日食べているおコメは本当に安全なのか、カレーのルーの中にプリオンが入っていないのか、それをまじめに気にしはじめたら、安心して食べられるものはほとんどありません。でもあまり神経質になりすぎるのはいかがなものでしょうか。
食事をするときは手を洗え、とかもし土に触れているときに怪我をしたら必ず消毒しろ、とかいうのは、黴菌を無害な程度に排除する知恵です。もっと言えば、もしその人が健康であったら、ある程度の黴菌には耐えられるでしょうし、免疫力が弱ければ少しの菌に触れても病気になります。もっと逆説的に言うと、ある程度の菌に触れていなければ、免疫力すら弱くなって感染しやすい体になってしまうかもしれません。ここ数年のいわゆる抗菌グッズの流行は、このような意味で逆に人体がもっている抵抗力を奪ってしまっているのではないでしょうか。これは化学物質の話ではないけれども、いつも私たちはある程度のリスクを背負って生きているのです。完全に安全な生活はありえないでしょう。私たちの体の中ですら、自分の身を滅ぼすものが生まれたりすることがあります(癌は自分の細胞が異常増殖したものです)。
もちろん食品などについては、監督当局が現在知りえている知識に基づいて厳正に検査することが必要です。そしてその情報を的確に公開することが必要です。そうでなければ私たち消費者は、どの程度のリスクを取っているのか判断できないからです。リスクをゼロにすることができない以上、私たちは冷静にリスクを計算しなければいけないということです。そうしないと、問題が起きたときにパニック的な反応になりがちだからです。今回の狂牛病騒動も、ちょっと過剰反応になってはいないでしょうか。それでは、どなたか焼肉でもご一緒しましょうか。