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今週のテーマ
会議番号:1854
医者の診断に疑問、不信を感じたことがある?
投票結果
94
6
1133票
66票
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【開催期間】
2006年03月27日より
2006年03月31日まで
円卓会議とは
このテーマの議長
藤田正美 『ニューズウィーク日本版』元編集主幹
たくさんの投稿、ありがとうございます。 ありるさんの「わからないと言える医者」というのはとても面白……
議長コメントを全文読む
2日目までに届いている投稿から...
セカンドオピニオンの法制化を (べんじゃみん・東京・パートナー有・34歳)
実母が定期的に通院中です。今の病院(東京)は権威のようで、全国の患者が訪れます。医師には私も何度か会っていますが、多くの患者が来るなか、丁寧に診ていると感じます。でも、母自身はTVなどで他の医師を見ると、「この先生ならどういう診断を下すだろう」と、受診したい様子です。ただ、それには今の病院をやめ、紹介状を持参しなければならず、(転院したいわけではないので)母は実行していません。「セカンドオピニオンを患者が求めても、不利益を被らない」法律ができないか、と思います。
医師はパートナー (オルサン)
「病気は自分で治し、医師にはその手助けをしてもらう」と、考え方のスイッチを切り替えるべきだと私は思います。私は病院に行く前に、病気の原因、回復期間、治療方法、留意点、通院回数を医学辞典やインターネットで調べます。そのうえで受診をし、上記と同じ内容かを確認します。ぶれがあれば、その疑問を解消します。一回の受診で、治療完了まで疑問を持つ必要が無いくらいに情報を整えるようになってから、医師との付き合いも上手になり、医者を変えるような手間や時間を省けるようになりました。
ビックリする価格でした (ラムネ&タマ・神奈川・パートナー有・36歳)
つい先日まで家族が入院していた病院には、院外はもちろん院内セカンドオピニオン制度が設けてありました。対象疾患に関わるボスの診断・コメントを聞けるのですが、「さすが!」と感心したのも束の間、その価格が“ン万円”とあまりの高額にビックリ。なんとなく無言の圧力を感じるのはおかしいことでしょうか?
質問は下手でしたが (りめっと・埼玉・パートナー有・36歳)
第1子出産直後になった乳腺炎について、大病院での措置に疑問を持ち、別の助産師さんにいろいろ聞いたときに、病院とは正反対の対応をされ、大混乱しました。最終的には手術までしましたが、どこに何を聞くのも質問が下手だったので、いつも疑問と不安でいっぱいでした。自分でもいろいろと調べ、勉強し、わかってきましたが、インターネットや個人の経験などでも情報にばらつきのある病気で、さらには生死にかかわるものではないので、真相を知るのは難しいと思いました。
壮大な目標 (のえる・福島)
医師ですが、患者にセカンドオピニオンを求められた時に気分を害することは私はまずありません。医療には“患者が健康になること”という壮大な目標があるわけですから、自分のところから離れることぐらいで気分を害するだなんて、そのようなくだらない(といっては失礼ですが)考えは私にはありません。あくまでも患者自身の健康、それがすべてです。患者が不信を抱くのは藤田さんのおっしゃる“診断”(診断技術または診断能力)に対してでははく、患者への説明不足や横柄な接し方が大部分だと思います。治療上、“医師と患者との良い関係”はとても大切だと私は考えています。上述のような応対の医師は良い治療関係を結べません。疑問や不信を感じるのは“診断”ではなく実は“治療関係”に問題があるのではないかと思います。
「わからない」と言える医者 (ありる)
私自身が昨年「日本で何例」という奇病にかかりました。なかなか診断がつかず6つの病院をタライ回しにされましたが、それでも感謝しているのは「僕にはわからない」と医者たちが正直に告げてくれたことです。最初は「医者のくせに?」とひどく戸惑いを感じたものでしたが。「わからない」と言えない医者がいて、「わからない」と言うことを医者に許さない患者がいて、医療事故は起きるような気がします。
3日目の円卓会議の議論は...
「無益」な延命措置と誰が判断するのか
たくさんの投稿、ありがとうございます。
ありるさんの「わからないと言える医者」というのはとても面白く読みました。そして患者側は「医者のくせにわからないのか」という態度が出がちであることも、その通りだと思います。そもそも病気についてすべてわかっているわけでもないし、人体についてすべてわかっているわけでもありません。そして診断がむずかしい病気があるのも事実です。こういったときには、医者も患者も妙に面子にこだわらずに、率直に話すことがいちばんの解決法かもしれません。
患者側の意識も大切だということは、オルサンさんの 「病気は自分で治し、医師にはその手助けをしてもらう」という考え方によく表れていると思います。ある心臓血管外科医は、「われわれは患者さんの背中をちょっと押すだけ」という言い方をしていました。
それでも医師と患者の行き違いはしばしば起きます。一つには日本の医療制度にも問題があるでしょう。3時間待ちの3分診療とよく言いますが、大病院などは午前中だけで外来を何十人も診ることが要求されるそうです。そうしないと採算が取れないからです。今回も診療報酬が引き下げられました。ますます医師はたくさんの患者を診なければいけなくなります。これでは、十分なインフォームドコンセントなど、臨むすべがありません。
インフォームドコンセントと言えば、富山県射水市立病院の人工呼吸器を外したという話は、皆さんどう考えますか。果たして医師は、延命治療を中止できる「権限」を持っているのか、患者が「蘇生拒否」を明らかにしているときにはいかなる延命措置もしてはいけないのか(ドラマERでもこの問題はしばしば出てきます)。
私は自分の親のときには、特別な延命措置は必要ないと医師に告げました。かねがね親たちが「チューブにつながれて生きるのは嫌だ」と言っていたからです。親父の場合は、痴呆もあって自分の意思を表明できませんでしたから、僕たちが親の代わりに意思表明したわけです。
こうした事前の確認が射水市立病院の場合、どれぐらいしっかりしていたか、ちょっと疑問に思います。僕の場合も、病院を移るたびに、確認を取られました。一度、人工呼吸器をつけてしまえば、それを外すというのは医師も家族も抵抗があると思います。むしろ回復の見込みのない患者については、人工呼吸器をつけないという選択のほうが正しいような気もします。こういうと、医学は日々進歩しているのだから、回復の見込みがないと軽々しく決めつけてはいけないと叱られそうですが。
医療というサービスを提供する医療側と、そのサービスを消費する患者側。そう考えると、一般の取引と同じように、売り手と買い手は対等でなければなりません。一般的には買い手のほうが強いのに、医療だけは売り手のほうが強いというのもおかしな話ではあります。でも対等になるには、医師の意識革命、患者の意識革命の両方が必要でしょう。
ところで、自分たちが受けている医療サービスの水準から見て、医療費は払いすぎだと思いますか、それとも本来はもっと払うべきだと思いますか。3割負担というご自分の水準から考えても結構です。
藤田正美
『ニューズウィーク日本版』元編集主幹
「手術したい医師、練習台になりたくない患者」
「私の視点」:医療サービスの責務とは
「あなたは病院を信頼していますか?」
信頼するのは病院ではなく…
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究極のかかりつけ医とは…
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