ホーム > 佐々木かをり対談 win-win > 第83回 石橋 慎二さん

83 |
石橋 慎二さん
|
|
|
まず、給与システムを変えて、企業を再生しました
- 佐々木
でも、それで結局、このクーバー・コーチングを任され、代表に就任してから、今まで学んだことを活用してみたら業績がどんどん上がった、ということですか?具体的には何を改革したんですか?
- 石橋
僕は、タイミングもあったんですけれども、一番最初に、まず、過去3年間について、特に集中して、過去の経緯、特に給与の推移だとか、評価だとか、ビジネスの売り上げだとか、スクールを開校していった場所だとかっていうのを、かなり分析しました。
一番最初に手をつけたのは、元々やっぱり人事マンなんで、給与制度なんですよ。給与制度を一生懸命勉強させてもらってたので、ポジション給にどんどん変えていったんですね。
で、新しいポジション、その当時は、スクールがあったら、スクールマスターとそのアシスタントのサブマスターっていうのだけがいたんですけれども、僕が入った時、22〜23スクールしかなかったんですよ。3年で55に伸ばす事ができたんですけれども。とは言っても、その当時、40〜50名を1人で見るのって大変だったんですね。
それも、東京の本部にいるわけじゃないじゃないですか。スクールは日本中に散らばっていますし、ましてや海外も見なきゃいけなかったもんですから。で、「ある程度、権限をどんどん落とします」っていうことで、エリアマネージャーっていうのを5人任命して、そこにかなり権限を渡して。
当然、処遇もそれなりにして、要は、利益が出た場合のみに具現化する業績賞与っていう仕組みも入れて、明確に利益の計算式も皆に公表して。あと、投資のために使える、会社の内部留保と、社員に還元する業績賞与原資計算部分を明確にした途端、偶然かも知れませんがどんどん収益が改善され出したんですよ。一番最初に、「やっぱり人だな」って感じた一瞬でしたね。
- 佐々木
皆、理解すれば、動きが変わるということですね。
- 石橋
そうなんです。皆、サッカーが好きでやっているので、給与のためにじゃないから、すごく離職率も低かったんですけどね。でもそうは言っても、どんどん結婚するスタッフも増えてきて、子どももできてきた時に、自分は好きなサッカーやっているからいいけれども、やっぱり家族や親孝行するためには……。「じゃあ、それは皆でお客様に満足してもらって、利益出そうぜ」っていうふうに変えていったのが第一歩。
- 佐々木
いいムードになっていったんですね。
19/23
|
 |
|
|