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丹下 一さん
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俳優としての稽古生活
- 丹下
はい、起きて、朝ご飯を食べて、アルバイトをしたり、いろんな仕事をずっとして、午後4時頃、軽く昼ご飯を食べて、6時からは本番か稽古。で、10時ぐらいに終わって、その後メンバーとミーティング。反省会、食事をしたりして。その後、うちで劇団としての事務作業みたいなのをずっとして、午前3時ぐらいに終了。お金がない若い子達は、そのまま家に帰ります。もうちょっと幹部の連中は、朝の5時の始発まで飲む。それで皆が帰った後、洗い物とか片付けをして6時までに寝る。10時になると起きて、朝ご飯を食べてっていうのを、ずっと繰り返し。
- 佐々木
でも、皆、家はばらばら。合宿生活ではないってことですよね?
- 丹下
ではないですよ。元々僕のスタートは、今、早稲田大学の演劇博物館の持ち物になっている銅鑼魔館(どらまかん)っていう劇場なんですが。
早稲田大学に入って、すぐそこに劇場があって、たまたま人を募集していて、ポンと入っちゃったんです。18歳だったんですけど、その劇場ができたばっかりで、1年間休みなしでフル操業するような状態で。
小僧だったのに人手が足りなくて、劇場番みたいになっちゃったんです。僕、劇場から大学に通っていたんです。で、31日の大晦日に閉めて、一日は休んで、二日の晩から東北の山伏神楽の舞初め行ったり、休みが本当になかったんです、まったく。それで、根がくそ真面目なもんですから、休むことなくそれをずっとやって、数えてみたら、2年目は、僕、自分が立つ舞台だけで、年間で8公演、77ステージ立ってました。
- 佐々木
77本!
- 丹下
だから、もう本番が終わった後に稽古するとか。
- 佐々木
そうですよね。稽古をしなきゃ、ステージに立てないわけですからね。
- 丹下
8本全部新しいやつで。研究会で「自分で台本を探して、自分でシーンを作って持ってこい」みたいなやつも、その中に入っていたりして。
- 佐々木
それ、何歳頃ですか?
- 丹下
18〜21歳にかけて。若くて体力もありました。10時まで汗かいて稽古して、その後、移動して12時から3時まで、夜中、別のダンスの公演に派遣されて、「じゃあ、倒れるまで走ってください」とか言うのを「ワーッ!」とかやって(笑)。
お金がないから、タクシーなんか乗れない。歩いてその辺の公園で新聞紙しいて寝て、それで朝バイトに行くとかですね。その頃は、情報誌の「ぴあ」の編集部で、アルバイトしていたんです、美術館担当で。で、バイトのすき間に「あの授業だけは出ないといけない」とか言って、大学に行ってとかっていう。……無謀。
- 佐々木
忙しいというか、充実しているというか(笑)。
- 丹下
そうですね。いつも電車の中でパンかじっていましたね。ちゃんと座ってご飯食べたことなんてない、みたいな。今から考えたら、よく平気でしたね。
- 佐々木
そうですね。一人暮らしだったんですか
6/25
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