ホーム > 佐々木かをり対談 win-win > 第57回 茂木 健一郎さん

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脳科学者 ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー
茂木 健一郎さん
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記憶力と忘れる意味
- 佐々木
脳の可能性といわれると、記憶力について教えていただきたいんですけれど。私たちの脳は、過去の出来事をすべて記録している。たとえ自分では思い出せないものでも過去に聞いた人物も、出会ったことも、いったん一応、みんなどこかに記憶されている。それを引き出す能力があるかどうか、あるいは出す必要があるかどうかということなんです、よね?
- 茂木
おそらく日々思い出しているものっていうのは、脳の中に実際に蓄積されているものから比べたら本当にごくわずかですからね。ど忘れっていうのも、ある意味ではミスマッチから起こるわけです。
記憶研究のひとつの大きな問題というのは、はっきりと思い出せるものよりは、思い出せないでわれわれの認識というものを支えているものの働きをどうとらえるかというのが、大きな鍵なんです。それにいかに、私たちが多くのものに頼っているかという、その思い出せない記憶。それは年を取れば取るほど豊かになっていくわけですね、思い出せない記憶っていうのは。
- 佐々木
思い出せない記憶のデータベースが増えていくと、行動の選択や思考の選択が無意識の中でよりよく改善される、ということですか。
- 茂木
『不思議の国のアリス』かなんかであったじゃないですか、このネコはたくさんのことを忘れたネコだ、って。たくさんのことを忘れたっていうのが、ちょっと自慢になるっていう。忘れたっていうか、思い出せないっていうか。それは確かに、脳の働きの豊かさとしては絶対あるんだと思いますね。
忘れるっていうのは、ある意味では記憶の編集のプロセスにかかわることで、簡単に言うとね、思い出す必要がなくなったんです。その記憶に関しては。だから忘れちゃうので。
- 佐々木
必要ないから忘れている、のですか。
- 茂木
今日佐々木さんとお会いするのって3回目ですよね。たとえばこれから、いろいろお仕事とかでお会いすることがあって、20年後までに100回くらい会ったとしますよね。その過程で、佐々木さんとはこういう方であるというパーソナリティーのイメージっていうのが、私の中で徐々にできていくわけでしょう。
でも、そういうパーソナリティーのイメージを支えてきた個々の記憶というのは、必ずしも思い出されないですね。それはなぜかというと、佐々木さんというのはこういう方であるという理解が私の中でできたから、思い出す必要がなくなったからなんですよね。われわれのどうも思い出せないということの背景には、そういうことがあるようなんですよ。
つまり、思い出す必要のない記憶っていうのは、あえて思い出さないっていうか。忘れることにはポジティブな意味があるっていうのはそういうことなんです。
15/25
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