ホーム > 佐々木かをり対談 win-win > 第5回 松本 侑子さん

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松本 侑子さん
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仕事への情熱、プロの自覚
- 佐々木
すごく素人的な発言ですけど、小説家ってどういうふうに小説を書くんですか。いろいろと方法があると思うのですが、侑子ちゃんの場合、話を作っているというのと違って、現実との整合性をきちんと確認しているということが仕事の中心なんじゃないかなと感じるんです。取材力というのか、探究心というのか、ストーリーの読解の仕方がすごいおもしろいですよね。侑子ちゃんの訳したアンのシリーズは、その取り組み方がジャーナリスティックで、わたしにはわかりやすくて、親しみやすいんです。
- 松本
翻訳『赤毛のアン』の訳注は、わたしが小説家だからできたところもあると思うんです。小説家は作り話を書きますが、でも「根も葉もある嘘」なんです。虚構でも、どこか現実とつながっている。だから『アン』もそうではないかと思ったんです。
たとえば『アン』で、マシューが全財産を預けていた銀行が倒産して、ショックで心臓発作で急死するんです。これを訳しながら、本当にカナダで銀行の倒産があったのか疑問に思って、カナダ経済の歴史を調べてみると、当時、本当に金融恐慌があって、プリンスエドワード島州のすぐ近くのニュー・ファウンドランド島州でも銀行が倒産していたんです。もともとは欧州のウィーンで株式が大暴落したのが北米にも波及していたこともわかったんです。そこで訳注に入れました。
ほかにも保守党と自由党の対立、島に演説に来た首相も、調べてみると作り話ではなくて、当時の事実で、カナダ政治史の専門書を何冊も読んで注を付けました。
- 佐々木
侑子ちゃんのような翻訳の仕方は理想的ですね。わたし自身、翻訳の仕事をここ何年もみてきている経験上、翻訳家という立場だと、そのような仕事をしたいと主張しても、与えられる時間と対価を考えると、じっくり調べられないということが多いですから。
侑子ちゃんの場合、それまでに出版されていた翻訳書よりも良いものに仕上げなければならないという思いがあったかもしれませんが、文字づらで訳さず、キチンと一つ一つの表現の背景などの事実確認しながら、暗号を解くように確認していくという……。明確に、確実なものにして訳されていってるところが安心して読めるし、報道的なのかな、と少し思ったんです。
- 松本
周りの人には、大学の研究者の手法のようだと言われます。いずれにしても、わたしの翻訳は後発ですから、従来と同じ本を出したのでは、作家が新しく訳す意味がないので、付加価値を考えました。一つは省略版ではなく全文訳、二つめは訳注付きです。
全文訳については、原作者のモンゴメリが読んでも納得するように原書通りに訳そうと思いました。わたしの小説も海外で訳されていますが、原作者としては、苦労して書いた一文一文を全部きちんと訳してほしいんです。
二つめの訳注は、原書を読んでいると、当時の事実のほかに、古典文学からの引用が100カ所くらいあるということも初めてわかったんです。そこでその引用は、もともとはなんという詩や小説に出ていたのか、シェイクスピアなのかテニスンなのか、引用元についても正確に調べて、訳注を付けました。その結果、大人の読者にも愉しんでいただける本になったと思います。
それと、初めての翻訳だったので、なおさら意気込みがありました。小説家の翻訳は下訳を付けて文章表現だけ直す人もいるようですが、わたしは全部自分で訳しました。小説家だから「手抜きをしている」と思われると心外なので、プロの翻訳者が読まれても「ちゃんとやってるな」と思われるものに仕上げたかったんです。
その結果、月刊の翻訳専門誌から依頼があって、翻訳手法の連載を計2年しました。アンの翻訳に対する情熱は、『ニュースステーション』のプロの人たちと同じで徹夜もかなりしました。
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