今夜の食卓に並ぶのは?
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2003年5月3日
新聞の伝えるところによれば、またまた農林水産省(以下、農水省)が国費のばらまきを検討しているようです。これまで日本は、農業を守るために輸入農産物に関税をかけて末端の価格を維持するという政策を取ってきました。その最たるものはコメです。輸入制限をして国内では国際相場の約8倍という価格を維持してきました。
つまり、これによって日本の農業を何とか継続しようとしてきたわけです。こうした政策が、実は農村部における自民党の圧倒的な強さにつながっていました。予算を削らせないためには、政権政党を支持するしかない、というのが農村部の気持ちなのでしょう。その結果、日本の政治では、人口のうちのたった8%の人たちが政権政党を支えると同時に、農業予算が「利権の温床」になっているとも言われています。
一国の経済を維持するためには、食糧生産は欠かせません。とりわけ日本のように四方を海で囲まれているということは、食糧が海を越えてくるわけで、その不安定さを考えれば、安全保障上からも国内農業を維持することは必要でしょう。問題は、それをどういう形で維持するかということです。
農家のモラルが低下する?
もし、メディアで報じられているように、農家の所得を維持するために税金を支出することになると、これは一種のモラルハザードが生じかねません。農家は農産物を作ってそれを消費者に売ることで収入を得ます。だから多くの農家は少しでもいい農産物を作ろうとします。ところが、国がお金をくれるのならと、たとえば、あくせくして手間のかかる有機栽培なんかしなくなるかもしれません。
それに、いったいこのお金をどこからひねり出すのでしょうか。これまでは農産物の価格を高く維持してきたのですから、その負担はわたしたち消費者が払ってきたわけです。しかし国費で農家の収入を支えるということは、財政から支出されるわけですが、現在のように景気が悪くて税収が伸びない時代に、また新たに数百億円にものぼる資金を投入されては、どうにも納得が行きません。
国産か、外国産か
ただわたしたちは、農家へ収入保証することに「けしからん」と怒るばかりでなく、実は日本の農業をどうするかという問題を真剣に考えなければならないと思います。高くてもいいから国産の安全な(といわれる)農産物を食べたいか、それとも輸入農産物でいいのか。外国産だから安全ではないと言い切れないと思いますが、実際に全量を検査できない以上、本当に安全かどうかもわかりません。もっとも国内だから安全とも言い切れないということは、わたしたちはここ数年で散々経験してきたことです。
農業への補助金は世界の先進国で一般化しています。そしてどの国もその負担に悲鳴を上げています。今から日本がその道に踏み込むというのは、どうもあまり納得できません。もしこの時点で、日本の農業の在り方に本腰を入れて考えるのなら、やはり現状をどう維持するかではなく、将来のあるべき姿について、徹底的に議論するしかないでしょう。
自給率の確保
もちろん、どの程度の食料自給率を確保するかという議論も必要です。日本の食料自給率は、カロリーベースで約40%です(穀物自給率では30%を切ります)。この状態を続けることが本当にいいのかどうか。日本が最もたくさんの農産物を輸入しているのはアメリカです。たとえば、そのアメリカが、何らかの事情で輸出制限を行ったらどうなるのか。実際に、かつて大豆が大幅に不足したことがあります。だからこそ、コストが高くてもある程度は国内の農業を維持しなければならないでしょう。問題は、「どの程度」というところにあります。そしてこの問題について、国民的なコンセンサスはありません。
こうした問題を農水省が果たしてリードしていけるのか、ということになると、もっと不安です。あの狂牛病問題が起こったときを思い出してください。散々ヨーロッパから警告されていたのに、ただただ「日本の牛は安全だ」と言い張るばかり。挙げ句の果てに、数百億円もの国費を投じて、牛肉の買い上げをし、そこへ数多くの会社が偽装牛肉を紛れ込ませました。農水省の怠慢で生じた問題に数百億円の税金が無駄に使われて、なおかつ詐欺行為まで誘発したのですから、あきれてものも言えません。
ビジョンを欠く農業政策
そんなお役所が、果たして農業の将来的なビジョンを描けるものでしょうか。将来ビジョンというのは、決して甘い話ではないのです。日産自動車のゴーンさんも「道は厳しいけど、やらねばならない」と社員を説得したのでした。そんなことができる政治家が、自民党はもちろん、野党にいるでしょうか。正直言えば、わたしはとても絶望的に見ています。そういって農水省に任せておくと、これは道路公団のように日本の農業はただただ金食い虫になって、しかも品質は悪くなるという結果になる可能性が高そうです。農家を減らして大規模農業に変えていくとか、株式会社が農業に進出するのを許可するとか、ドラスチックな考え方もあります。さてみなさんはどのようにお考えになるでしょうか。今夜の食事は国産品ですか、それとも輸入品?
関連リンク
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