中国という「試金石」
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2002年9月28日
朝日新聞の中国社会科学院が共同で実施した世論調査によると、5年前に比べ、日中関係は「うまくいっているとは思わない」と答えた人が日本も中国も増えたそうです。しかも前回調査では、「うまくいっている」と答えた人のほうが否定的な人よりも多かったのに、今回は逆転して否定的な人のほうが多かったのです。
国交回復から30年たって、いま日本と中国の関係はより深くなっています。上海などを見ても、日系企業は数多く進出しているし、3万人を超える日本人が住んでいます。それなのに、なぜ5年前と比べて日本と中国の関係が悪いと考える人が多いのでしょうか。
こんな話もあります。日系企業で働いている中国人は、日本人が中国人を蔑視していると感じたことがあるそうです。欧米企業で働くと、そういう感じはしないそうですから、日系企業に問題があるのかもしれません。私たち日本人には明治のころに「脱亜入欧」と言い始めて以来、どうもアジアに対する優越感が根付いているのでしょうか。
ルック・イースト
「アジアと日本」という言い方にもそれが表れていると言う人もいます。日本はアジアの中にいるのか、それともアジアの外にいるのか。アジアの国から見れば、そこがどうにも不思議だ、と言われたこともあります。いかにアメリカと親密な関係にあり、そして中国とは歴史や安全保障などでむずかしい関係にあるとしても、日本がアジアの一員であることは明白な事実。
だとすれば日本は、ある意味でアジアの一員として地域の平和と安全と繁栄のためにリーダーシップを取るべきであると考えるアジアの人々もいっぱいいるはずなのです。マレーシアのマハティール首相が「ルック・イースト」と言ったのは、もうずいぶん前のことですが、アジア発展のモデルとして日本に頑張ってもらいたいという気分がアジア諸国に確かにありました。
しかし日本には、はっきり言ってしまえば、アメリカのほうにしか顔を向けず、アジアの代表として物を言う姿勢がなかったのです。それが外交の場面で日本が評価されない大きな理由だったと思います。小泉首相の訪朝は、こうした日本外交の在り方を変えたものとして海外では高い評価を受けていますが、リーダーシップを取る姿勢を日本が続けて行けるかどうか、まだ不安です。
不毛な「中国脅威論」
それにしても中国との関係はこれからますます深まるでしょう。経済関係はもとより、政治的にもアジアの安定のために日中関係はきわめて重要な関係になります。中国人というと、日本の中ではたとえば犯罪などでいつも話題になります。もちろん犯罪は犯罪として厳正に対処しなければなりません。しかし優秀な中国人もたくさん日本に来ています。彼らが起業して日本人を雇用すれば、その経済効果は小さくありません。
日本の資金と市場、これは中国人の若い起業家にとって大きな魅力です。その魅力があるうちに、彼らを受け入れていくようなシステムをつくること。これが今の日本にとって重要なことです。いたずらに中国脅威論を振りまわしても生産的ではありません。日本がかつてアメリカの企業や不動産を買い漁ったとき、アメリカでは「日本脅威論」が盛んに議論されました。中国に飲みこまれるというような議論は、このときのアメリカの感情論と同じようなものにも思えます。
中国とどう付き合うのか、これは日本がボーダーレス社会にどう適応して行くのかの試金石でもあります。そのためには、われわれ国民の一人一人が異文化とどう付き合うのかが重要なポイントになります。東京のあらゆる案内板が日本語、英語、中国語、韓国語で書かれるような時代。そんな時代になってほしいと私は思います。