毒になるには正直すぎた
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2002年2月2日
先週のコラムで「言った、言わないの泥仕合になって、結局はうやむやになってしまうのでしょう」と書いたら、何と喧嘩両成敗で田中外務大臣、野上外務省事務次官が更迭、そして鈴木宗男議運委員長辞任という結果になりました。
これで小泉首相の支持率は急落しています。ある調査では70%を超えていたのが50%にまで下がりました(もっとも森前首相のときはひとけたでしたから、これでも最近の内閣支持率としては大変に高いのですが)。小泉首相の強みは支持率の高さにあったわけですから、数字が下がるマイナスの影響は非常に大きいと言えます。
たしかに「もう小泉なんかダメだ」という声は巷でもたくさんあるようです。しかし、田中真紀子外相を更迭したことが、それほど大きな小泉首相の「失点」なのでしょうか。まず第一に、田中外相は彼女の公約でもあった外務省改革をどれだけ成し遂げたのでしょう。僕自身は、その功績は小さくはないが、大きくもないと思っています。
なぜなら機密費問題や公金の流用問題は、もっと徹底的に暴きだすべきだったと思うからです。そして個人の問題ではなく組織の問題として、その防止策を外務省の中に組み込むべきだったのではないでしょうか。個人の問題としていくら処分しても、それは膿を一部出すだけで、本来の膿の原因になっている病原菌にまでたどりつくことはできません。田中外相がそこまで手をつけていれば、もっと違う展開になったとも考えられます。
第二に、田中外相は外交の面でも必ずしも高い評価を受けたわけではありません。アフガニスタン復興支援会議の成功は、緒方さんが日本政府代表として加わったことに大きな理由があるとされています。同時多発テロの場面では、田中外相が不用意に口をすべらしたことが、アメリカ政府の不興をかったとも言われています。外相が外国に行くのを承認されなかったりするのは、もちろん彼女に対する嫌がらせという側面もありますが、これは田中外相自身の問題もあったと言う声も聞こえてきます。
第三に、NGO参加問題では、鈴木宗男議員が圧力をかけたのはほぼ間違いないでしょう。それを外務省幹部が大臣に説明したのも間違いないことでしょう。しかしいわゆる裏話は政治の世界だけでなく民間の企業でも日常茶飯事です。「大きな声では言えないけど」という部分がなければ、本当のことがわからないケースも多いのです。そしてそのような「内輪話」をばらしてしまえば、次には大臣に本当の話が入ってこなくなります。ばらさなければ国益が危ういというのなら、それは職を賭してでも明らかにすることが必要でしょう。しかし今回の問題は、そうだったのでしょうか。田中さんがばらしてしまったのは鈴木さんとの確執があったからではないでしょうか。これでは国会で大もめにもめる価値はないのではありませんか。
議会を空転させることによる膨大なコストを考えれば、混乱させる価値があるのかどうかという冷静な判断がなければなりません。小さな問題を政争の具にするのは避けなければならないのです。NGOの問題は小さな問題ではないかもしれませんが、大臣命令によって参加を許可すればそれで終わった問題だと思います。議員が圧力をかけるのがけしからん、という方もいっぱいいらっしゃるでしょう。しかし、逆に議員が「望ましい」方向に圧力をかけるのもけしからんのでしょうか。
もとはといえば、NGOを参加させるななどと小さなことを言う議員も議員だし、それを聞いてしまう外務省も外務省。その内輪話を公にしてしまう外相も外相。コップの中の嵐(というより、裏庭の子供の喧嘩)みたいな話だと思います。
というわけで、僕自身は田中真紀子外相の更迭に異議を唱えることはしません。でもこれによってあの外務省がまた伏魔殿に戻ってしまうかもしれないと思うと、いささか気が重くなります。やっぱり毒を制するには、それなりに強い毒でなければならないのかもしれません。田中外相は、毒になるには正直すぎたのでしょうか。