「痛み」、いよいよ表面化
藤田正美(ふじた・まさよし)
『ニューズウィーク日本版』編集主幹
2001年8月25日
6月に4.9%で踏みとどまっていた日本の失業率が、7月には5%になりそうです。そうなれば1953年に失業率調査が始まって以来のワースト記録を塗りかえることになります。この状況に小泉改革とアメリカに端を発し世界に伝播しているIT(情報技術)不況が重なる可能性が強くなりました。
IT不況ということでいうと、アメリカでは昨年暮れから急速にIT投資が冷え込み、同時にIT企業のリストラが表面化してきました。日本でも、今年の夏前から気温とは反比例するようにぐんぐんと冷え込んでいます。これがいつ立ち直るのかはむずかしいところですが、アメリカが早くても来年春という見方が強いようです。実際、8月にアメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備理事会)が今年7回目となる金利引下げを発表しても、市場の反応は弱いものでした。つまり投資家は、これで景気が底を打ったとは思わないということです。
アメリカの景気を引っ張ってきたITがこけて、日本も構造改革に伴う「痛み」が表面化してくるということになると、失業率はもちろん高くなるでしょう。なぜなら銀行の不良債権処理を進めるということは、債務者である企業をつぶして銀行の帳簿から債権を消すということだからです。もちろん企業が倒産したからといって、すべての従業員が放り出されるわけではありません。債務を帳消しにすれば再建できる企業ならば、また新しい経営者のもとで再建に向けて努力することになります(宮崎のシーガイアがいい例です)。それでも人員は必ず削減されます。
このような中で、日本銀行に対する風当たりがますます強まっています。日本の経済がデフレになっているのは、日銀が十分な金融緩和をしないからだ、と言われているのです。もっとも現在、日本の金利はほぼゼロなので緩和するといっても、金利引き下げという手段は取れません。だから「量的緩和」という言葉が生まれています。乱暴に言ってしまえば、お金を印刷して市場にばらまきなさい、ということです。
そうするとどうなるか。原理的には、お金とモノとの相対的な関係で価格が決まるわけですから、お金が増えればモノの価格が上がる、つまりはインフレになるわけです。これで現在のデフレをインフレにすることができれば、経済を成長させることができるという主張がなされています。
先進国の中央銀行は「いかにインフレを防ぐか」に注意を払ってきました。インフレが暴走すると手に負えないということは経験的にわかっています。それによって自国通貨の価値を守ってきたのです。その意味で、デフレ状況にある国の中央銀行といえども、人為的にインフレをつくりだすということに抵抗があります。だから日本銀行は量的金融緩和に積極的ではないのです。
お金の価値が低く(物価が上がる)なれば、消費が促進されるのも事実でしょう。来年買うより今年買ったほうがいいかどうか、消費者は考えることになります。だから景気にとってはプラスかもしれません。しかし実は、人類が意図的にインフレをつくりだしてそれをコントロールできた例はあまりないのではないでしょうか。歯止めが効かなくなって結局は経済に大きなダメージを受けた経験しかないような気がします。どこかの経済学者が言ってましたが、「経済学で、何をしたら悪い影響があるかはわかっていても、景気をよくするのにどうしたらいいのかは、あまりわかっていない」。
日本の景気がどうなるのか、われわれ日本人はもとより世界の国が注目しています。それほど日本の経済力は世界の中で大きいからです。構造改革はいいけれど、それで本当に景気がよくなるのか、どなたか教えてくれませんか。そうすれば私たちも「痛み」も我慢できるかもしれません。