ホーム > news&policies > 「私の視点」 >


田中さん、独演ばかりしていると…… 2002年7月20日
現代に必要なのは壊す人
「田中さん、独演ばかりしていると……」を読んで人の見方はいろいろだなと思いました。わたしは田中康夫氏を支持します。できればうちの県の県知事になってほしいくらいです。
なぜなら彼は、口利きや利権の横行している県議会を壊そうとしているからです。今や国から市町村に至るまで、政治家の利権漁りは当たり前。これも長年続いた自民党一党政冶のせいです。どんなきれいなことを言っても長年同じ地位についていると、必ずそこに澱みができます。議員は、自分たちが今まで守ってきた政治と業者の関係の堅持、さらには中央官庁との蜜月を壌そうとするのが気に入らないのでしょうが、大多数の県民にとっては、税金のムダ使いそのものです。もう時代はすでに変わっています。
脱ダムだけでもいいではありませんか? 原子力発電の例を考えてみてください。決定的な代案は今のところありませんがが、危険なものは危険。それでもこれはこれで立派な提案です。
今の時代、必要なのは壊す人であって、政治にも行政にも経済にもハードランディングこそが必要とされていると思います。こんなことを言えるのもわたしが失うものがなにもない庶民だからかもしれません。彼を排除しようとする人は、なにがしかの利権、余得を今の世の中から享受している人ではないかと思います。(匿名)
ずっと地味だった長野県に
長野県出身です。プロ野球もサッカーのチームもなく、特に有名人もいない、いわばある意味ずーっと地味だった長野県がこのところ話題にのぼっています。長野県民としては、ちょっと嬉しくて、わくわくしています。わたしは、康夫支持派なんです。知事として素晴らしい、というより、今の長野県にあってるんじゃないでしょうか?
「政治」というものについて、わたしはそれほど明るくありませんが、田中さんがきたことによってこれまですべて「まじめ」を絵に描いたようだった県政やその他のことに少なからず変化がありました。今は、振り子が右から左へと振れる途中という感じがしています。あのガラス張りの知事室は、県民の目からみても明らかに演出ですが、「この人、なにかしてくれそう」という思いをもたせる。それまで長野県になかった「カリスマ性」でしょうか。
そして、今の県議員より、長野の自然を守ろうとしているんじゃないかと感じます。わたしは、今は長野を離れて東京で仕事をしていますが、長野県を離れて、はじめてあの自然がいかにすごいか、またいかに貴重かを実感しました。長く県内にいると、あの感覚は確実に麻痺してくる気がします。
たまに実家に帰って県内の様子を見聞きすると、「昔からいる人は、変に都会っぽさとか今風を求める」と感じるんです。わたしの地元の町議会は、生まれも育ちも長野という人の集まりですが、この間帰省した時に、中途半端に都会的な建物とかができていてため息がでました。そういうんじゃなくて、そろそろ日本の中で強力なアイデンティティーをもつ県になりたい(うりは自然でしょうね)。そういう気持ちのあらわれなのかなと、わたしは思っています。確か、南信でありきたりの科学センターの建設が、中止になったとか。そういうことも、「パフォーマンスだ」という見方もありますが、そういうところでしか、わたしたちは判断するしかありませんから。
藤田さんに負けないように(!)とめちゃめちゃ擁護してしまいましたが、どっちの県政をもうちょっとみたいか、といったら、田中さん、そんなニュアンスです。「前の県政をどうしても続けてほしい」という強い気持ちが、起こらないという感じでもあります。(ハイジ)
関連情報
