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今週のテーマ
会議番号:2193
あなたは自分に信仰心があると思いますか?
投票結果
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【開催期間】
2007年06月18日より
2007年06月22日まで
円卓会議とは
このテーマの議長
井上順孝 國學院大学教授
ご意見を読みますと、神や仏、あるいは人間を超えるなにものかに直接的に向かい合うような態度が好まれてい……
議長コメントを全文読む
3日目までに届いている投稿から...
ある種の信仰心に疑問 (ホットレモネード・愛知・パートナー有・48歳)
本来、宗教は人がよりよく生きるための知恵のようなものと思っています。もちろん、スピリチュアルなことを否定はしませんが、それを逆手に自分の神が正しくて異教徒は邪悪、または未開の人間みたいな見方をしてしまう宗教家は嫌いです。一部の宗教は「本当に了見が狭いな」と思います。
汝の若き日に (BUNBUN01)
汝の創り主を覚えよ。の言葉通り、クリスチャンホームに育ったせいか、教会に通うまではしなくても、日常生活の動き方にキリスト教的な考え方を基本にしている気がします。妄信的になって日常生活に支障をきたしたり、他の人に強要をするようなことはすべきではないと感じるので、自分の育った環境による考え方の元にある思想は説明しますが、それが良いか悪いかは、受け取った人の判断によると思っています。
仏教徒になって1年 (kuniwaka2001・横浜市・パートナー有・35歳)
結婚した家族がある教団に所属していたことと、祖母の死をきっかけに自分の信仰心に気づき、結婚9年目で納得のうえ入行しました。入行までの間、パートナーや家族から入行を勧められたことはありません。仏教の言葉に、『人に依るな、法に依れ』というものがあります。上手く説明できませんが、人から誘われたからといった理由で半信半疑のうちに信仰心を深めたとしても、所詮それは長続きしない、というように自分なりに解釈しています。自分の目や耳、そして心でよく見極めることが必要だと思います。
信仰は必要だと、最近思います。 (ドルフィンスマイル・秋田・パートナー有・40歳)
看護師という仕事上、死を安らかに受け入れるために必要とは感じていました。が、世界中にたくさんある宗教の一つだけを頑なに信じて、その他の宗教を否定するということをしたくなくて、今まで無神論者を語ってきました。が、2年前、米国精神科医の『前世療法』を読み、神(自然界の叡智)の存在を信じるようになりました。表面の違いを認め合って良心的に活用して、生きるためにあればいいと思います。
私の場合 (ナカサワ)
特定の宗教に帰依しているわけではありませんが、人知を超えた大きい存在(神様?)を意識することによって、謙虚に誠実に生きられるのではないかと思っています。私が警戒するのは、現世利益を前面に出しているものです。母が入院した際に「入信したら治る」という勧誘がたくさんありましたが、家族の心の弱みにつけこむ卑劣な宗教だと思います。
信仰心ではなく (dianzi・埼玉・パートナー有・48歳)
信仰心ではなく、その時々によって、自分を心を支えてくれるものを考えるというのが自然でしょうか。何かを信じないと災いが起こるとか、救われないとかのように言うのは、脅し以外の何物でもないと考えています。
4日目の円卓会議の議論は...
「現実の宗教家や宗教は、あなたの今の信仰心にどう影響していますか?」
ご意見を読みますと、
神や仏、あるいは人間を超えるなにものかに直接的に向かい合うような態度が好まれている
ような印象を受けます。「汝の創り主を覚えよ。」「人に依るな、法に依れ」といった言葉が引かれているのをみますと、そういう感を強くします。
その一方で、
人が苦しんでいるときや、悩んでいるとき
に、それにつけこむような形での宗教への誘いには拒否感がみられます。たとえ勧める本人は善意であっても、そういう形での信仰への誘いは好ましくないという意見かと思います。
こうしてみますと、自分に信仰心があるのを感じたり、一定程度その大事さを認める人は多いようですが、
宗教家や宗教団体の存在感が乏しい
のが分かります。教会や神社は神を感じるための場でもあったはずです。また歴史的には宗教家が教義や教典を広めてきたので、われわれはその内容を知りえるわけです。
にもかかわらず、自分の信仰心を考える上では、現実の宗教家や教団・教会はあまり大きな役割を果たしていない人が多いようです。場合によってはむしろマイナスの存在として受け止めている人もいます。
そこで、
今まで宗教家に接したり、宗教的施設にいったことが、自分の信仰心にどんな影響をもたらしたか
を考えていただきたいと思います。自分の信仰心に強い影響を与えた場合もあるかもしれませんし、思い返すと何か影響を受けていたような気がするという程度のものもあるかもしれません。あるいは不快な場面を体験したがゆえに、信仰心をもつことへの拒否感が生まれたというような人もいるかもしれません。
宗教家や宗教の現実の姿と、今の自分の信仰心のありようとは、何か関係があると思いますか?
井上順孝
國學院大学教授
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