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> vol.15



2001年10月26日(金)
今回のご意見テーマ
「保育・学校、ココを改革してほしい」
最後のメルマガをお読みいただき、ありがとうございました。また、みなさんからの投稿に、本当に励まされてきました。改革への働きかけはまだまだ続きますが、これからも一緒に考え、発言し、伝えていきましょう。 前向きに。
26日発表の、わたしの宿題をお手伝いくださった方が数多くいらしたことに、心から感謝しています。 しっかりみなさんの声を反映して、発表、提案させていただきます。 いまからでもOKですので、どうぞ続けてご意見ください。
ewoman:規制改革メルマガ編集長
佐々木かをり


パソコン授業の実態(miyasakura)
小学生へのパソコンの指導方法を聞いて疑問が生じています。教員免許がないため、パソコンのインストラクターは直接指導できず、小学校の先生に指導内容等の説明&授業補助という立場で小学校へ出向くそうです。しかし現状は、大半の先生が授業補助にまわり、インストラクターが直接指導をしているそうです。大学の教壇に立つのは教員免許がいらないのに、小学校ではなぜ許されないのでしょうか? 現場での報告をあげて、もっと教壇に立てる人を増やしてほしいものです。
民間の活用(Jullia)
今までのスタイルで教員免許を取得し、教員採用された先生たちに、「新しいスタイルの教育方法をすべて自分たちの手で実施せよ」というのはかなり無理があるように思います。たとえば、学校にパソコンを導入し、インターネットはつないでみたものの、それを適切に指導できる教員がいるかといえば、子どもたちの通う小・中学校を見ていると、大変疑問です。子どもたちが覚えて帰ってくるのは「お絵かきソフト」ぐらいのもの。教職員の採用に関して、特殊技術を要するものは、非常勤の扱いでも、もっと多くの方面から採用したほうがいいし、民間活力を導入し、一括で業者委託する部分もあってよいと思う。
必要なのは余裕(mamarin)
教諭も人間ですから至らないときもあると思います。それを補うのは余裕です。その余裕はまず小人数クラスから実現されると思います。また、英語やその他の付加的教育が、ゆとりという名のもとに導入されようとしていますが、本当に必要なのでしょうか。それはお稽古として個人が実践すればよいのではないでしょうか。学校では最低限の国語、算数などの基礎学力(特に小学校では)を徹底的にやる、読書などの楽しさを教える、図画、音楽、体育などで適度な集団行動を学んだり、個々の才能を伸ばしたりすることが大切だと思います。部活や課外授業こそ、コミュニティや民間に専門の講師を頼むことができるのではないでしょうか。また、日本人としての教育内容――伝統文化や古文、歴史など――にもう少し目を向けて学ぶことが、真の国際人の教育につながると強く信じます。
校長こそ民間人を(シアン)
公立学校の先生が公務員であるがゆえに、不適切でも先生を続けているということ自体、間違いです。非公務員や教員免許を持っていなくても教えられる人だって大勢います。それにはまず、校長に人事権を持たせ、学校の経営者という立場になってもらうこと。公立の場合、営利目的ではないので本当の意味での経営者ではないけれど、会社では利益が成績となるように、学校では評価が成績となるようなシステム作りが必要。だから、校長こそ民間人がよい。
人と人のつながりが大事(しましま)
よりよい子育てとは何なのか、何が大事なのか、多くの大人に考えてほしい。そのきっかけをどんどん作ってほしい。保育園、学校の先生、運営者、保護者、関係する役所の方、地域の方々、多くの人が考えたり参加する場が必要です。小さな問題から大きな問題まで、みんなが自分のこととして考えていかなくては何も変わりません。がんばっている人は自分だけでがんばるのではなく、それを広めてほしい。自分は関係者・当事者だと思う人を大勢作ることが改革につながります。具体的には保育園・学校の保護者会を活発化する方法、地域の人が参加できる方法、先生方と交流する方法を考えていければと思います。ネットでもよいのですが、できればおたがいの顔を見ながら話ができると、もっと共感できたり意見が交わせたりしますよね。
適性検査の実施の義務化を(べんじゃみん)
教員養成に際しては、適性検査がありません。このことは、たとえ適性に欠けていても、試験にさえパスすれば、教員になれることを意味します。その結果、適性に欠けた者が教壇に立ち、授業をしている事態を招いています。ひどい場合は、担任の適性に欠ける者が、担任を持てないため学年主任をし、ほかの教師を束ねるという矛盾が起こっています。田中真紀子氏の提案で、現在、教員免許を取得する者には介護実習が義務化されています。思いやりの心を持つために、これはよいことではありますが、それ以前に、教師の仕事に関する適性をチェックする必要があります。
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