話題にするにはちょっと危険なこと(2003年7月10日)
出張勝也(でばり・かつや)
株式会社オデッセイ コミュニケーションズ代表取締役社長
前回、語学を習得するには、その言葉が使われている国に一定期間生活することだ、という学者の意見をご紹介しました。アメリカに何年か住んでみて、いろいろな人たちと友だちになり、酒の席での話ができるようになって、初めて気付いたり、知らされたりすることもあります。そんな、ちょっと「危険かもしれない」ことを書いてみます。
5月に入って、アメリカを代表する新聞である『ニューヨーク・タイムズ』で、記事のねつ造事件が発覚し、その記者、Jayson Blair(ジェイソン・ブレア)はクビになりました。この事件が発覚してから約2週間後の5月17日、日本を代表するA新聞の朝刊で、テレビでもキャスターとして番組を持っているあるジャーナリストが、「記事ねつ造を生んだ背景は」という感想を発表していました。
「記事ねつ造を生んだ背景は」というちょっと思わせぶりな見出しに期待していたのですが、「ねつ造記事の背景にあるのは、たいてい記者の功名心である」とか、「ニューヨーク・タイムズ紙ほどの編集部が、なぜもっと早く気付かなかったのか」というあたり障りのないコメントが書かれていました。
そして、この感想記事には、このJayson Blairが黒人記者であったことが一切書かれていませんでした。
翌週の22日、同じA新聞の社会面で、「黒人優遇が負担だった」(ねつ造の元米紙記者告白)というアメリカの週刊誌からの引用記事が紹介されました。「元記者は、世界的な影響力を持つ名門新聞社で黒人記者として働くことが、多大な重圧となって自分を追いつめたと、不正な行為に及んだ背景の一端を語っている。(中略)黒人であるために受けた優遇は、差別と同じくらい負担だった」
17日の段階で、あの国際派ジャーナリストは、まったくJayson Blairの顔写真を見たことはなかったのでしょうか? それとも問題になっている記者が、マイノリティーであることを知った上で、あえてマイノリティー優遇政策(Affirmative
action)に関しては言及しないで、あたり障りのない内容にしたのでしょうか? その日の段階では、アメリカでもこの問題を、マイノリティー問題との関連で論じている記事はなかったのでしょうか? あるいは、日本の読者が、この問題をアメリカにおける差別問題と関連付けて考えてしまうことを避けるために、わざとJayson
Blairが黒人であることを無視したのでしょうか?
僕もアメリカ国内における「差別と逆差別」の問題に関して、わかっているなんて、到底思っていません。それでも、日本国内だけの経験の方よりは、ほんの少しは、この問題に関して気付くことはあるかもしれません。だから、5月17日のA新聞に出ていた「国際派ジャーナリスト」の記事に関して、ちょっと危険かもしれないけど、『ニューヨーク・タイムズ』の記事ねつ造問題が、アメリカ社会の中でのマイノリティーの問題とまったく無関係ではないことにも言及してほしかったと思っています。
5月22日、アメリカに出張でいたのですが、シアトルのレストランでこの話が話題になりました。取引先の知人数人(すべて白人)と話をしていたのですが、その中の一人はニューヨークにジャーナリストの知人がいるということでした。コロンビア大学のジャーナリズム学科卒の人だそうですが、その知人は、Affirmative
actionのお陰で、面接の段階からマイノリティーを優先する会社もあるということをぼやいているそうです(本当は、その人が希望する仕事に就けないのは、単にその人の力不足なのかもしれませんが)。ちなみにその人は、白人女性だそうです。
アメリカとのお付き合いにおいて、マイノリティーの「差別と逆差別」に関わる問題は、われわれ外部者が立ち入るには、ちょっと危険な話かもしれません。ただ、そういうことがあるのだということは、しっかり頭に入れておいたほうがいいと思います。